作者 瀧謙一郎(故人及び息子)は、アジアと日本を行き来する生活が続く中
日本をはじめとする先進諸国で起こっている、とてつもない変化の速さに違和感
を覚え今後抱えるであろう問題を「笑い」で表現し20話からなるショートショート
神様からのEメールを20年前に書き下ろしました。
あれから20年、新型コロナウィルスで鬱々とする今、神様からのEメールの中の一説
「地球の株価」をお読み頂き、笑みのお手伝いが出来ればと思い今回掲載致しました。
「地球の株価」
「地球の終値3200ポイント。公募価格1600ポイントの2倍で引けました・・・」
銀河系中心部にある銀河証券取引所、略称GSX。今日はこのGSXに、地球が上場を果たした。これで地球は銀河系でも一流惑星の一つとして、広く認識されることになった。
ちょうど地球では21世紀が始まった頃の話であった。
当時、GSXでは、新しい成長惑星の新規上場ラッシュに沸いていた。
銀河系各地の急成長を遂げている惑星が、次々にGSXへ上場を果たした。
特に最近では、生命科学や情報通信関連技術が進んでいる惑星が、有望銘柄として高く
買われていた。
中でも地球は、今後成長が見込める情報通信関連銘柄として、上場する以前より
マーケットから極めて高い評価を受けていた。
IT革命を受けて、地球はこれからどれだけ成長するか・・・・。
マーケットの地球に対する期待は大きかった。
そして、銀河系中が見守る中で、地球は華やかにGSXに上場を果たした。
GSXに上場を果たした地球の株価は、宇宙の投資家の期待を裏切るものではなかった。
地球株に対する投資家の買いは、殺到した。
「本日、地球株はストップ高の3700ポイント・・・」
GSX上場後、地球株の株価は順調な滑り出しを見せた。今回は、銀河系内で最大手の
証券会社であるギャラクシー証券グループの投資組合が設定したファンド「IT1号」が
地球株の買いを入れた。
「地球株は本日もストップ高。4200ポイント・・・」惑星格付会社が、地球の格付けを
B⁻からB⁺まで一気に2段階引き上げた報道を受けて、地球株のストップ高は続いた。
今日は、銀河系でも有数の機関投資家である大手ヘッジファンドが動いた。
銀河経済新聞でも、地球株は今後の注目銘柄の一つとして取り上げられた。
「地球は、4営業日連続ストップ高の5200ポイント。明日からはストップ高の値幅
制限枠が1000ポイントに広げられます・・・」
銀河系内外の個人投資家も、この一本調子の流れに乗って、争うように地球株の買いを
進めていった。
「地球株、千株買ってるんだよ・・・」
オリオンは、満面の笑みでカシオペアに言った。
彼は、幸運にも3700ポイントで買っていた。わずか4日ほどで、彼の投資額は1.5倍
近くに膨れ上がっていた。
「あらそうなの・・・・・良かったわね・・・」
そういったカシオペアは、4200ポイントで3千株買っていた。彼女にも満面の笑顔
が見られた。
「俺も2千株手に入れたよ・・・」ヘビ使い座も笑顔を見せた。4700ポイントで買っていた。(俺も買わなきゃ・・・)
彼らの話を聞いていた射手座のサジタリアスは、次の日から地球株の買い注文を出した。
彼もどうにか5200ポイントで買うことができた。
しかし地球株の株価の急上昇もこれまでだった。
GSXで地球株の取引が始まって第5営業日目、地球の西暦で言うと2050年、地球は大きな問題に直面していた。世界的な食糧不足である。2050年に、食糧をめぐって世界戦争が起こった。
北米、EUを中心とする食糧輸出国が食糧輸出国機構を組織し、食糧の輸出価格を一気に上昇させた。いわゆる「食糧ショック」である。
このため、ロシア、中国、インド、日本などを中心とした食糧輸入国は、混乱した。
食糧輸入国は国連に提訴したが状況は変わらず、餓死者を多数出し始めた食糧輸入国は、
たまらず食糧輸出国機構に対して宣戦布告した。
地球で始まった食糧戦争の情報を受けて、惑星格付会社は、地球の格付けをB⁺からB⁻に
一気に2段階引き下げた。
これを皮切りに地球の株価も急降下を始めた。
「本日、地球株はストップ安4700ポイント売り気配のまま売買成立せず・・・」
この時点で、地球の将来性を不安視した外資系投資信託会社が、地球株のポートフォリオ
を下げる決定をした。
自社の太陽系専門アナリストが地球の将来性に疑問を投げかける報告書を作成した
ためである。
その次の日、地球が上場してから第6営業日、地球で言うと西暦2060年、地球では石油資源が底をつき始めたことが判明した。
代替エネルギーへの移行に手間取っていた地球は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
世界食糧戦争で大きく傷ついた地球は、残された石油資源をめぐり再び世界戦争を始めた。
惑星格付会社は、この報道を受けて地球の格付けをB⁻からCまで2段階引き下げた。
「本日も地球株、ストップ安4200ポイント売り気配のまま、売買は成立せず・・・」
ギャラクシー証券は、地球株の下値割れが予想される状況を鑑み、自らが設定したファンド
「IT1号」における地球株の持ち株比率を大幅に下げる決定をした。
地球株が上場してから第7営業日目以降は、地球の状況は悪化する一方であった。
食糧危機、資源枯渇、環境破壊・・・。
第8営業日目には、大手ヘッジファンドが、地球株の損切りを決定した。その報道を受けて地球株に投資していた個人投資家は大きく動揺し、持ち株の投げ売りに出た。
その後地球株は、7営業日連続で売買が成立しない中でストップ安の売り気配が続いた。
地球株が下降を始めて第8営業日、すなわち地球が上場して第12営業日目に700ポイントでようやく売買が成立した。
これは、地球株がGSXに上場したときの初値を8割近くも下回るものであった。
地球株に投資した宇宙中の投資家は、一様に大きな損失を被った。個人投資家の中には、
地球株の暴落で破産に追い込まれるものまでいた。
射手座のサジタリアスは、泣く泣く弓矢を手放した。ヘビ使い座は、商売道具のヘビを売り払った。カシオペアも自慢の椅子が取引先の銀行から差し押さえられた・・・
しかし、その頃、即ち2120年頃の地球の状態は、宇宙の投資家が地球株で被った被害とは比べものにならないほど、惨憺たるものであった。
慢性的な食糧不足、資源不足、環境汚染、収まらない紛争・・・。
地球はさながら地獄絵図の様相を呈していた。
食糧、資源枯渇により社会が崩壊し、力による略奪の末に人々が共食いまで行ったとされる16世紀のイースター島を彷彿させる状況であった。
「とうちゃん・・・、腹へったよ・・・。・・・明日は食べることができるかな・・・。」
4歳になる大輔は冬の夜空を見上げながら言った。寒さのための震えが止まらない。
彼の横にいる父親は、息子の問いかけに何もこたえなかった。
「昔の人たちは毎日ご飯が食べられたんだよね・・・。おじいちゃんが言ってたよ・・・。」大輔が父親の方を振り向くと、父親は元気なくうなづいた。
「でも、どうしてこんなことになったの・・・?」電気もない無い真っ暗な中で、大輔は父親の方をじっと見つめた。
「昔の人たちが、たくさん使いすぎちゃってね・・・」
父親はため息をつきながらつぶやいた。
(どうして、こんな世の中になったのか・・・)
父親は夜空を見上げながら大きくため息をついて、自分たちの祖先をうらんだ。
(どうして、こんなことになったのか・・・)
大輔親子の頭上では、株の損で自慢のベルトを失い、一体どこにいるのかよく分からなくなってしまったオリオンも、大きなため息をついていた。
最後まで、ご一読頂きありがとうございました。
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♯新型コロナウィルス ♯食糧危機
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